東京高等裁判所 平成5年(う)1437号 判決
1 論旨は,要するに,Sの検察官に対する平成5年3月16日付供述調書(以下「328条調書」という。)は,同人の公判供述後に,しかも,同人が,既に懲役6年の刑で服役中であり,一日も早い仮釈放を唯一の希望としていて事実上捜査官の取調べを拒否できない状況の下でなした供述を録取したものであって,弾劾証拠としての必要最低限度の要件を欠き,刑訴法328条による提出は許されないのに,これを同条の書面として採用した原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある,と言うのである。
2 確かに,被告人に有利な公判供述をした証人につき,その後に捜査官が法廷外で取調べをし,法廷供述と相反する供述を得るや,直ちにこれを録取した調書を法328条の書面として法廷供述の弾劾に使用することは,裁判に対する公正感を損なうおそれなしとしないから,かかる調書の取扱いには慎重であるべきである。しかし,そうであるからといって,このような調書を公判供述の証明力を争う証拠として採用しても,必ずしも同条に違反するものではないことは,所論も援用する判例(最高裁昭和43年10月25日第二小法廷判決・刑集22巻11号961ページ)に照らし,明らかである。そして,所論にもかかわらず,右判例が「必ずしも」という限定を付しているのは,公判供述に対する反対尋問権の活用や証人の再喚問等の手段による弾劾の余地があるのに,安易に同条による書面を提出するような相当性を欠く運用を戒める趣旨と解されるところ(最高裁判例解説刑事篇昭和43年度36事件343ページ注17参照),328条調書の内容をみると,同人が公判廷において同趣旨の供述をする可能性はほとんどないものと言わざるを得ないから,同調書の申請,採用は適法かつ相当であったものというべきである(もっとも,Sは,右調書において,コロンビア在住の家族からの手紙で,コロンビアの組織の人達が同人の捜査官や公判廷における供述内容を全部知っていて家庭に嫌がらせをしてきていることが分かっているので,これ以上協力することで家族に危害が及ぶことを最も恐れていると述べているが,右調書に家族からの手紙の写しも添付されておらず,当裁判所の照会に対し,同人は右手紙の提出を拒否しているので,右供述部分は,容易にできるはずの客観的裏付けを欠くものとして,その信用性の評価には慎重でなければならない。)。論旨は理由がない。